IT企業で古民家を学ぶ(大田市の中学生が職場体験を通じて作成した記事です)

中学生職場体験で、石見銀山にある古民家「山中家」を取材し動画とブログにまとめました!

皆さんは山中家を知っていますか?
山中家は、長崎県に住んでいる山中孝友さんの所有物として
いまも石見銀山の街並みに残っている武家屋敷です。(注1)
現在は、東京のIT企業の(株)アットゴ―しまね石見銀山サテライトオフィスとして利用されています。
<場所:https://goo.gl/maps/rPySauCoANZbDhih6>

今回、私たちは職場体験を通して山中家の魅力に迫りました。

(注1)山中家は厳密には江戸時代の武家屋敷ではなく
明治時代に一部を武家屋敷の様式に建て替えた住宅です。(※)

山中家の人々

山中家の伝わる由緒書によると初代山中市兵衛は冬の陣で大活躍しました。
「冬の陣」とは、天下を制した徳川家康が、
大阪城を拠点に置いて大名の間で勢力を保持していた豊臣氏を
1614年冬と1615年夏の二度にわたって攻め滅ぼした戦いです。
さて、山中市兵衛はどのように活躍したのでしょうか?
戦で活躍するのは、最前線で戦っている兵だけではありません。
武器を調達したり、罠を張ったり、戦には様々な準備が必要です。

山中市兵衛は「水抜き」という点で大活躍しました。
大阪城は三重の堀がめぐらされた難攻不落の名城だったので
徳川軍は思うように攻撃ができませんでした。
なので、徳川家康は石見銀山の掘り子を招集して大阪城の掘に
穴を空けて水抜きさせたことによって戦いに勝利することが
出来たという話があります。


この書状は、この時掘り子の大将に選ばられた山中氏ら3人に
伝えられた功績を讃えてさらなる掘り子の増員と働きを指示したものです。

山中家は、初代市兵衛から10代にわたって役人や同心を歴任し、
石見銀山や領内の他銀山の経営の関わりました。
8代目の山中百次は、同心として鉱石の生産量を管理する銀山の
切番地などの職務を勤めました。
そして、銀を増産した功績によって代官から褒美をもらっています。

山中家はそんな人々が暮らしていた武家屋敷なのです。

山中家の建物について

内観

1.玄関
ランプは北欧製で暖かい色なので落ち着きます。
そしてランプの下には花が添えてありとても風情があります。

2.土間スタジオ
土壁からは歴史を感じさせる雰囲気があり
まるで昔の時代に来たかのようなそんな気分にさせられます。


この土壁は下地に「竹小舞」が使われています。(※)
竹小舞というのは竹などの素材を格子状に編み込んで構成されたものです。

4.展示ギャラリー
モニターが置いてあり大田市のPR動画が流れているので
それを見ることで大田市の魅力を知ることができます。
今年の10月には石見銀山が舞台にされたオペラが上映されます。
その告知も流れているのでそちらもチェックしてみてください。

<オペラ石見銀山HP:https://opera-iwamiginzan.jimdo.com>

6.廊下
杉の暖かみを感じさせ、さらに窓からは光が差し込み
ここを歩くと心が落ち着きふと窓をのぞきたくなるような廊下です。

外観

外庭このような庭が広がっています。
とても和を感じさせ、疲れも忘れさせます。

この門は当時、位の高いお坊さんを出迎える時使用されていました。
そして今は、夏になると観光客の方に涼を感じてもらうために
シャワーミストを提供しています。

瓦には、赤い瓦と黒い瓦が使われています。
赤い瓦は「石州瓦」で、黒い瓦は「いぶし瓦」というものです。(※)

このように使われています。

落ち着いた空間なので、作業に集中できます。
さらに畳など日本の香りを楽しみながら仕事ができます。

(※)大田市教育委員会 石見銀山課 清水樣にご教示頂きました。

自己紹介

谷口瑞希
プログラミングを学びました。
ITの楽しさを知ることが出来ました。

瓜坂春登
動画を撮るのに苦戦したけど、満足のいく動画が撮れました。
是非、山中家に来て下さい。

 

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